妙法を守る

2016年7月30日付聖教新聞   全国最高協議会への先生のメーセージ(抜粋)

仏意仏勅の創価学会の使命に言及。

釈尊・そして、御本仏の広大なる慈悲を体し、荒れ狂う娑婆世界で大法を弘通しているのは
、学会しかない。戸田先生が「創価学会仏」と、言い切られたゆえんである。

学会を守ることが、妙法を守ることだ。

学会の永遠性を確立するのは、まさに「今この時」であり、この「地涌の本懐」を宿縁深き同志と
一緒に、断固と成し遂げていきたいと訴えた。

原田会長を中心に、油断を排し、一切の魔を打ち破る祈りと「水魚の思」の団結で、常勝の
大前進をと、念願し、メーセージを結んだ。



2008年11月23日付聖教新聞 11・18記念代表協議会での先生の指導
(23日24日25日全6頁から抜粋)

当時、学会を財政面で支えておられたのは戸田先生であった。

師匠と弟子の二人きり。誰も助けてくれない。私しかいない。

私は真剣だった。
言ったことは必ず実行した。
最初から容易にできたことなど何一つなかった。
現在の学会の驚くべき世界的な大発展も、すべては偉大なる「師匠の薫陶」と
それに応えんとする「弟子の誓願」の中から築かれてきたのである。

この厳粛な師弟を軽く見て、大変なことは人にやらせ、できあがったものの上に
あぐらをかくような幹部には絶対になってはいけない。
そうしたずるい人間を、断じて許してはならない。
将来のために強く申し上げておきたい。



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>そうしたずるい人間を、断じて許してはならない。

全会員&友人読者の目に入る聖教新聞で指導された内容であり、
一応は、最高幹部の集まる場での指導であるが、
まずは、会員であれば、役職に関係なく「この指導を自分はどう捉えるのか」という視点が大事であり、
いたずらに、悪い幹部がいるかもしれないから、叩くぞという方向へ行ってしまうのは違うのだと思う。
本当に何らかの裁定をしなくてはならないケースであれば、しかるべき措置は今までもされていたのだと
思う。
一つの例として、
結果として除名処分になった元・教学部長などは、立場を利用して重要資料の持ち出しという
事実が直接の処分理由として、あの当時発表されていた。
処分発表の後、14年間も勤行をしていなかったとか、会合に酒臭い状態でフラフラできて
教学の迷講義をしていったとか、表に出てきた。
当時入会直後の私は、「何でこんな人間を長い間大幹部に放置しておいたのか」疑問であったが
先生や身近な大先輩は厳しく指導しつつ、成長を願い広いこころで包んでいたそうだ。
しかし、それでも落ちる所まで落ちてしまった以上は致し方なく、除名となったのなだろう。

素直に学会活動をする会員を「盲目的な行動」であるとか「自分で考えない」とか
そのような目で見る、統監のある会員を自称し、学会総体を批判している方々が
おられるようであるが、2種類のパターンがあるのだが
①先生は正しいが、学会本部が悪い・それを批判しない会員も悪い。
②師匠ではないし、学会総体も間違えているが、自らは退会しない。

私もそのような方々に、一時的には関心を持ち、アプローチもしたが
最終的には、所属する現場組織の方こそが、最後の希望の砦であるだろうし
関心を持ったということは、自分の「内」にその「因」があるわけで、
紛れもなく罪障消滅させていただいた実感はある。

↑↑・・・これが、結論ですね。


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by f2bmag8w | 2016-08-27 21:24 | Comments(0)